2007年度第1回 ピア大阪人権講座報告!!

「知的障害者の就労について」

〜現状と今後の展望〜



講師陣プロフィール
パネラー:
 大阪市立千里作業指導所から就職した当事者2名 
 猪俣栄二(いのまた・えいじ)さん(大阪市立千里作業指導所 職員) 
 江口敬一(えぐち・けいいち)さん(YKK六甲株式会社代表取締役 社長)


コーディネーター:
 中沢昭弘(なかざわ・あきひろ)さん(ワークセンター飛行船 施設長)
日 時:2007年6月30日(土)13:30〜16:30 

場 所:大阪市立早川福祉会館 

参加者
:41名 (当日は当事者、家族、支援者、学生、企業など様々な分野の方に参加していただきました。)

 ◎当事者2人I(アイ)さん、N(エヌ)さん)と猪俣(いのまた)さん
   対話形式で仕事、日常生活を紹介


 2人は、それぞれある大手企業特例子会社に勤務。I(アイ)さんN(エヌ)さん共に清掃の仕事。Iさんは働いて3年、以前も清掃の仕事をしていました。I(アイ)さんが勤めている会社の社長さんがこの講座に参加されていて、「最初は自分のやり方にこだわっていたが、現在は会社のやり方にそって行っている。うまく人間関係もこなしている。会社のなかで自分の役割をもっている。I(アイ)さん自身が成長して変わった」との話がありました。
 N(エヌ)さんは1人で判断して仕事をこなしていて、就職することによって生活の幅が広がり、生活そのものが充実してきたのか「就職してよかったのは、お金が貯まった。旅行するのが楽しみ」と言います。グループホームを経て、現在アパートで一人暮らし。スポーツジムに通い、掃除、洗濯は自分で行い、毎日家計簿をつけています。電車賃も記入して、領収書は全て綴じて、目標を決めて毎月定額を貯金しています。N(エヌ)さんから「自立する人は、家計簿をつけるのはいいことで、役に立つのでつけてください。計算していくら残っているのかわかるのでやってください」とアドバイスがありました。


◎江口(えぐち)さんより知的障害者の3大職場とダウン症の息子さんの就職のお話

 「知的障害者の働く職場は清掃、園芸、クリーニングが最も多く、3大職場で、一番大きな受け皿になり、この仕事だったらできるだろうという考え。根気がいり、目立たないので若い人が辞めていく」との話がありました江口(えぐち)さんの息子さんはダウン症で療育手帳A判定。養護学校では重度なので、「就職は無理)」と言われました。しかし、大阪市職業指導センターにてヘルパー2級の資格をとり、現在、東大阪のデイセンターで7年間働いています。7年間働いているのは、息子さんとセンター長だけで結婚時に若い人が辞めていきます。仕事がしんどいのと待遇面で厳しい面があります。「一番親しくしていた主任が辞めた時はいろいろありました」と。また、ある日、朝礼で息子さんは「仕事はしんどいしきついけど、僕は仕事が好きだからみんな辞めないでください」と言った。それを聞いていたセンター長は泣いていた、との話がありました。また、60パーセント近くの親は、「自分の子どもは就職はできない」と思っている。しかし、まず、将来自分の子どもは何ができるのかを考え、そして、働くことによって社会と接点ができる。知的能力はそれぞれ差はあっても、職務)遂行能力とは一致しない。内面的な力、生きる力の成長につながる。仕事をするのは自分のためだけではなく、人のためにする。対価として給料をもらう。これを経験して実感するのは一般企業しかない。私の息子はサービスを受ける人がサービスを提供する側になった。親は辞められないが、保護者は辞めたい。社会で支えてほしい。失敗があっても、何回かチャレンジすると、自分に合う仕事がある。内面的な変化があると発言されました。


◎中沢(なかざわ)さんよりまとめ

 働くことで人が変わる、育つ、成長する、学ぶをみんなで感じあうことがすばらしい。会社の中で自分の持ち分、役割をもつことで一生懸命にやり会社の人から「よくやっているね」と声を掛けられる。人に役立っている喜びがある。支援するとは支援されることで役割をみんなで作っていきたい。我々は誰と知り合うか、誰と出会うかが大事。身近に支えあってわかってくれる人がいるといないとは大きな違い。自立支援法は、細かな地域でネットワークを組んで支援していくことが大きなポイント。それぞれの住んでいる地域に支えてくれる人、相談できる相手が近くにいる、身近にいることが大事なこと。就労だけではなく、いろいろなライフステージの中で身近に支えて、身近に相談できる人がいることが重要。江口(えぐち)さんが言うように、「支援を受けて自立していくことがあたりまえの社会を作っていくことが必要である」との内容でした。最後に「自立支援法は就労ということで、絵にかいた餅にならないように我々も精一杯頑張っていきたい」と締めくくられました。


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