表紙 KSKQピア大阪ニュースドリーム20号 2008年5月発行 連載企画 私にとっての障害受容PART6  表紙写真 大阪市立早川福祉会館の玄関前でお花をバックに岸田美智子さんとその周りに桜の花びらのイラスト --------------------------------------------------------------------------------------------------- ★内容★ ◎「私にとっての障害受容」パート6 ◎第2回障害をもつ子の親のピアカウンセリング講座感想文集 ◎おしらせコーナー ピアカウンセリングが予約制になりました ◎フリースペースで花見へ ◎大変!! 障害者用の駐車スペース ◎情報資料室コーナー ◎付録「第14期ピアスクール」のチラシ ※このニュースドリーム20号では、大見出しの先頭には■、小見出しには◎を付けています。 --------------------------------------------------------------------------------------------------- ■連載企画!!「私にとっての障害受容」パート6 イラスト 封等と一輪の花 当事者なら障害があることで一度は悩みしんどい思いを抱えたことがある人は多いと思います。障害受容ができにくい理由は人それぞれですが、何かをきっかけにもっともっと自分を好きになって楽しい人生を送ってもらいたいという願いを込めて『ニュースドリーム』では当事者の方々の障害受容をめぐっての連載をしていきます。第6回目は自立生活センター・まいどで活動されている岸田美智子(きしだ・みちこ)さんです。  ◎プロフィール 岸田 美智子(きしだ・みちこ)  1953年7月大阪市住吉区に生まれる。小、中、高12年間大阪府立堺養護学校で過ごす。1979年2月介護問題に取り組む団体として「おおさか行動する障害者応援センター」を設立したメンバーだった。 1989年4月障害者の入所施設の生活改善と施設障害者の人権講座に取り組む「ライフ・ネットワーク」を設立し、現在は社会福祉法人あいえる協会の評議委員。 1995年5月あいえる協会が運営するグループホーム「ほんわか」を設立し、同時に入居。地域で自立生活を始める。 1997年4月自立生活支援センター・ピア大阪のピアカウンセラーとして勤務。 1998年5月自立生活センター「ほんわか」を出て、24時間介助体制を作り、一人暮らしを始める。  ◎タイトル 障害受容は社会との関係性から・・・!  私は7カ月の 早産で生まれました。たぶん未熟児だったと思いますが、1歳半の時に兄のはしかがうつり、その後遺症で脳性マヒになったのではないかと聞いています。抵抗力がなかったことが原因だったのか私自身は定かではないのですが、そのように受け止めています。私の家族は両親と兄と祖父母の6人家族でした。祖父母はその当時としては結構開けた考え方を持っていたようで、孫娘の私をどこに行くにも抱っこして連れて行ってくれたり、家にお客さんが来てもきちんと紹介してくれた思い出があります。  私自身は引っ込み思案だったようで、お客さんが来ると嫌がって隠れていたと思います。そして、実家は、当時、油とタバコの販売をしていて母もそれを手伝っていました。皆が忙しいときは「ちょっと店番しといてー!」と言われお店に座らされた思い出があります。  当時はTVの存在もめずらしいことだったので、隣近所のつきあいや立ち話などのコミュニケーションがさかんだったと思います。私はもともと言語障害があったのでお客さんとの対話が、きっと嫌だったのでしょう。そんな私は3年遅れで堺養護学校に入学しています。つまり就学猶予、免除だったのです。私の障害は重度で両手足がほとんど使えず、着替えやトイレなどは自分でできないので、両親は学校生活は無理だろうとあきらめていました。  でも、当時お客さんとして来てくれていた近所のおばちゃんが「うちの孫も障害児で寝たきりだけど、学校に行ってるよ。だからあんたとこのお孫さんやったら充分いけるんとちゃう?」と私の両親に言ってくれたそうです。私はそのおばちゃんの一言で学校生活を奪われずにすんだのです。この出来事は、私の人生にとって大変大きなことだったと思います。 イラスト:3人の男女が手話で『I Love You』。1人は車椅子の女性。  私が自分の存在が 皆と違うと感じたのは、次のような時でした。  幼い頃、祖父が映画館によく連れて行ってくれたのですが、行く道でお菓子のミルキーキャンディやサイコロアメなどを買ってもらえるのでそれを目当てについて行ってました。ある日、映画館で私の隣に座っていた、たしか男の子だった気がしますが、この男の子が私をみて「気持ち悪い」と言いました。この体験が妙にくっきり私の頭の中に残ってしまいました。  今から考えるとこの体験がきっかけで自分が障害者だと認識していったと思います。このように学校にも行けないし、気持ち悪い存在なんだ、という障害はマイナスイメージだと認識させられていったと思います。でも、私の家族や地域の一部の人たちが障害をマイナスとはとらえず、積極的にかかわってくれていたことが“おおきな力”となったと思います。現在の私が、もし障害受容ができているとすれば、家族と地域の人たちとの関係が大きかったのだと思います。 イラスト:車椅子の男性、女性の周りに集まる人達。  そして、私の 学校生活は小・中・高の12年間はすべて養護学校で過ごしました。私の学校生活では、クラスとは別に勉強するときは、受験コースや、普通コース、商業コースなどの4つに分かれていて能力別になっていたと思います。  そしてまた忘れられない体験として、高等部の何年生だったかは忘れましたが、授業中に機動隊が1回入ってきた思い出があります。この事件は“片平闘争”(かたひらとうそう)と呼ばれ、軽度障害者であった片平さんが養護学校にアルバイトで雇われていて、給料が半人前しかもらえないという問題があったと、卒業してから聞きました。  この問題に当時は、学生運動のセクトが絡んで政治的な問題になっていたようです。当事者である片平さんは、よく図書室に座っておられましたが、私たち生徒は、先生から「近づいてはいけない、何も話をしてはいけない」とだけ言われていました。本が好きだった私は、よく図書室に行ったので片平さんとお会いすることが多かったのですが、あいさつぐらいしかできていなかったのです。でも、“なんでそこに座っているの?”といつも聞いてみたかった思い出が残っていますし、何となく怖いというイメージが残ってしまいました。 この片平問題を私たち生徒や、皆に伝えたくて関係者は学校内でビラをまこうとしたので、それを止めるために機動隊が来たそうです。この片平問題をきっかけになんとなく社会がおかしいのでは? とか養護学校がおかしいのでは? とか、心の中では思い始めていたと思います。そして話は前後しますが、高等部に入学するとき、小学校入学と同じように入学試験がありました。高等部は隣の棟の教室に移るだけなのに、なぜ皆、行けないのか!? とて も疑問に思いました。高等部に入れなかった同級生は知的障害の方と私より重度の方だったのです。でも、入学できなかった人たちはとても高等部に行きたがっていました。  私たちの学年はこのような問題を考えていきたくて、高等部に入学できなかった同級生たちと同窓会を作り考えようとしていました。話の内容は忘れましたが、確かこの問題で校長室にも話に行った思い出が残っています。そして、その頃の私の中の障害者観はあいも変わらずマイナスイメージでした。でも、これは社会がおかしいのだと、認識していたと思います。  私が高等部を 卒業して社会に出たときに、今までの学校生活は楽しかったけれど、大切な経験や人間関係を奪ってきたのではないかと、しみじみ考える体験をしました。それは初めてのボランティアの介助者に自分の家の場所を説明できなかったという体験がありました。これは自分の家を他人に説明するという必要性や体験がなかったし、公共交通機関を使って行動したことがなかったのです。それは、学校のスクールバスと母親の運転で送迎してもらっていたからだと思います。また、駅に運賃表がありますが、その頃の私は、初めてみたので「あれ何?」と聞いていた思い出がはっきりと今も残っています。もちろん電車に乗るときは、お金を払うことも駅には運賃表があることも知っていたのですが、実際にそれを使って自分で運賃を確認した経験がなかったからだと、その時に気がつきました。  この二つの体験で私は、こんなに奪われてきたものが大きいのか、その大きさに怖くなった感覚が今も残っています。そして、私のような重度障害者がどんな暮らしをしているのか? と、探しまくっても、この頃はわかりませんでした。やっと出会ったのが、入所施設の中の人たちの存在でした。そして、この入所施設の問題は、今現在でも残っていますが、その中でも、この時期に出会った問題が女性障害者への介護減らしのための強制的な子宮摘出問題や、優生保護法の問題でした。私のような重度障害者は黙っていれば身体を傷つけられたり、殺されていくのだと実感した体験でした。  このような体験がこれまでの人生の原点になっていると思います。この体験後の私の人生は、いろんな人との出会いがあり、障害のプラス面を考えていこうとする考え方や、障害は一つの個性として受け止めることを中心にした、つまり自己決定・自己選択を大切にした障害者運動に、巻き込まれていきました。そして、障害者になったことでの暮らしにくさや、不便な問題はそのほとんどが社会との関係性の中で起こってくる問題であり、障害者本人の問題ではない、つまり社会のシステムの問題だと考えられるようになってきています。このような考え方が私の中の障害受容に大きな影響を与えてきたと思うし、今後も与え続けるだろうと思っています。  現在の私の生活は、24時間、ヘルパーを使って一人暮らしを始めて今年で9年目になりました。平日は月〜金曜日までは自立生活センターで勤務し、たまには職場仲間と飲みに行ったりしていますし、給料をいただきながら障害基礎年金とあわせて経済的にも生活保護制度を利用せずにどうにか成り立っています。  休みの日で土・日などはほとんど遊びに出かけていますし、家にいる日は自分の部屋を片づけたり、おいしいものをヘルパーさんと手作りしたりするという、当たり前な自立生活を実現しています。 もちろん、ヘルパー不足の問題や仕事でのストレスや人間関係の問題は抱えていますが、その問題は私が障害者であることとは関係ないと考えられるようになっています。だって、誰にとっても人生は楽しいことばかりではないのですから・・・。  私の生活する上でのモットーは“のん気・根気・元気”です。今後も障害者仲間が皆、ひとりひとり自分の障害者ペースで“のん気・根気・元気”でやってほしいと願っています。 写真:お花(チューリップ)をバックに岸田美智子(きたむら・みちこ)さん ☆出版活動として☆ 岸田 美智子(きしだ・みちこ)さん 女性障害者の問題をテーマにした『私は女』を出版(1984年1月)。金満里(きむ・まんり)氏と共著。 『わたしは生活達人』(1992年12月)ハンディキャップライフ研究会 『社会福祉のなかのジェンダー』(1997ン円5月)ミネルヴァ書房。共著。 『サロンあべの』の機関誌に毎月連載中(10年以上) ※ピア大阪 情報資料室にも上記の本があります。 --------------------------------------------------------------------------------------------------- ■第2回 障害をもつ子の親のピアカウンセリング講座感想文集  試行事業を含めると3回目となる親のピアカン講座を2007年11月6日が講義、10〜11日に合宿形式でのセッションで行いました。講義は、「障害児の親の立場から」大谷 悟(おおたに・さとる)さん、「ピアカウンセリングとは」山浦孝臣(やまうら・たかおみ)さん、「当事者と支援者の声」クリエイティブハウスパンジーの生田 進(いくた・すすむ)さんと山田佳子(やまだ・よしこ)さん、「障害児の制度」石田義典(いしだ・よしのり)さんが担当してくださり、参加者は6名でした。セッションは「CILくにたち援助為(えんじょい)センター」代表の安積遊歩(あさか・ゆうほ)さんが担当してくださり、参加者は5名でした。『ニュースドリーム』の報告が遅れましたが、参加者の感想文を掲載します。 ◎『ピアカン講習会に参加して』谷口 洋子(たにぐち・ようこ)<知的障害の27歳女性の親>  年に一度、半日机に向かっている日があります。ピアカン研修の日です。  今回で3回目の参加になりますが、久しぶりに大谷先生のお話が聞けてうれしかったです。また、お元気そうなのでホッとしました。今回は、今までの研修ではなかった本人さん(知的障害当事者)の話が聞けたことも良かったです。  今年も遊歩と元気に会うことができてとてもハッピーでした。セッションに関しては少し? は慣れたとは思いますが…。まだまだ! と痛感しました。私なりに日頃の役に立ってはいるんですが…。  毎年会えて元気をもらえる人、また新たな出会いがあり、良い話で刺激され、心をわくわくさせてもらえる人。同じ立場や、それに近い人が集まっての研修だからでしょうか? 気が楽なのはうれしい! です。  初めて会った人でも何年も前からの知り合いのような気がするのは不・思・議?  毎年、この研修を企画してくださるピア大阪に感謝です。 イラスト:花模様 ◎『親ピアカン講座に参加して』金本 美知子(かねもと・みちこ)<自閉症の15歳男子の親>  私は今回が2回目のピアカン講座でした。前回のセッションを体験したことで、自分の根底にあるものを吐き出したい! 吐き出して一歩前に進みたい! でも言えるのか…。そんな不安を持ちながらの参加でした。 なのに、休憩時間にピア(仲間)にふっと打ち明けられたこと。そしてその言葉に対してピアは自然に聞いてくれたこと。おかげで心の中にあったものをセッションで吐き出すことができました。少しずつではありますが、自分らしくいられる時間ができているように感じます。 私と同じように吐き出したくてもできない人はたくさんいるでしょう。そんな人たちに私が体験した脱力、達成感を感じてほしいと思いました。ですが、吐き出すタイミングも難しいですよね〜。サポートできるようになるにはまだまだ先の話になりそうです。 いろいろな人と出会ってつながりあって、支えてもらってるって実感できたことは、私の宝物です。これからもずっと大切にしたいピアです。 ピア大阪の皆様、ありがとうございました。 私は私! 私を好きになれそうです。 イラスト:ハート ◎『障害をもつ子の親のピアカウンセリング講座に参加して』河辺 里美(かわべ・さとみ)<脳性マヒの16歳男子の親>  第2回障害をもつ子の親のピアカウンセリング講座に参加させていただきありがとうございます。私は2回目の参加ですが、前回はわけもよくわかっていなかったので夢中でしたが、今回は、自分なりに自分を高めていきたいと思っての参加だったので、いろんなことがすごく参考になったと思います。そして、また、私と違う思いを持った方たちとも会話ができたことが、これからの私自身にやりたいことが明確になったと思います。ありがとうございます。これからも参加したいと思いますのでよろしくお願いします。 イラスト:星 ◎『親ピアカン感想』文 広恵(ぶん・ひろえ)<知的障害、自閉症の12歳男子の親>  2回目の参加だったので、何が行われるのか知っている分前回より落ち着いて参加できました。 1日目の講義では、生田(いくた)さんの笑顔がよかったです。お話の内容はもうほとんど忘れてしまったんですが(すみません)、生田(いくた)さんのにっこりしたお顔はしっかり覚えています。今思い出してもなごやかな気持ちになります。 2〜3日目のセッションでは、体調が悪くて宿泊できなかったんですが、遊歩(ゆうほ)さんやみなさんにご心配いただき、無事参加できました。自分では自分自身を大切にしているつもりでしたが、体をいたわらなかったり、毎日がんばってるからいつ死んでもいいわと考えていることは、自分を大切にしていないと気づかせていただけました。他にもそうか〜、そうなんかぁ〜と思うことがあり、今回も参加してよかったなぁと思いました。ありがとうございました。 イラスト:クロバー ◎『障害をもつ子の親ピアカウンセリングに参加して』北村 惠子(きたむら・けいこ)<重度重複障害の19歳女子の親>  3度目の参加、自己解放の手法、制度のこと、当事者の立場からと、とても勉強になります。  昨年春に父と兄を亡くし、そのショックで母が痴ほう状態になり入院、今は落ち着き普段の生活に戻っています。心の持ち方、いくら自分でしっかり持っているつもりでも、予想外のことばかりです。  心の中にポッカリと穴があいたようで何をするにも自分でない自分が夢の中を過ごしているような1年を過ごしました。今でもボーッとすることもあります…。  私の人生、自分の生き方。2人の子どもは上が24歳、下が19歳、それぞれが一人立ちする年齢になっています。子育てしながら、私が育てられたなあと実感。上の子は不登校となり、下の子には障害があったりと、人と異なった経験をしたと思っていましたが、今は、子どもたちが育つ姿をそばで見て、人が生きる中ではそれぞれにいろんなことがあり、そのことを経験し人は生きていくんだと思います。 “生きること、生きていること”をもっと感じていきたいと思っています。 イラスト:お母さんを真ん中に左に男の子と右に犬を抱っこしている女の子の様子 ◎『親ピアカン講座に参加して』大崎 悟(事業補助者)  今回の親ピアカン講座に僕は講座補助として受付とかを最初はしていました。いざ、講座が始まる前になり、僕も参加することになって驚きました。正直、ピアカンの経験も当然無く、不安な気持ちでいっぱいで、どうしようかと考えているうちに講座は始まってしまいました。  障害児をもつ親の方たちやピア大阪の方々に混じりながら始まってみると、最初は照れもありましたが、だんだんとピアカンの魅力に触れ、皆さんの話を聞いているうちに、楽しく、そして興味がわいてきました。  そして自分自身、一番びっくりしたのが、安積(あさか)講師とのセッションでした。不思議な感覚と感情の解放に僕は驚くばかりでした。手を握られ見つめられていると魔法にかけられているみたいで、素晴らしい体験でした。  講座で出会った皆さんとの出会い、触れ合いは新たな自分自身を知れた貴重な経験でした。ありがとうございました。 --------------------------------------------------------------------------------------------------- ■おしらせコーナー ピアカウンセリングが予約制になりました!!  障害がある人の悩みは、同じ障害のある人でなければわからないことが多くあります。ピア大阪では、同じ障害をもつ仲間が、ピアカウンセラーとしてお話をうかがいます。  曜日ごとに、肢体障害、視覚障害、聴覚障害、盲ろう(視覚と聴覚の重複障害)、精神障害など、それぞれの障害をもつピアカンセラーがいます。また、知的障害児・者のいる親の立場からの相談もお受けしています。  今までと違い4月1日よりピアカウンセリングが面談・電話相談も含め全て予約制となりました。事前のご予約が必要となりましたのでご了承ください。 まずは、ピア大阪までお気軽にご連絡ください。 一人で悩まずに、ぜひ一度相談してみてください。  お待ちしています。 рO6−6622−1180 イラスト:5人の男女。真ん中に車椅子の男性 --------------------------------------------------------------------------------------------------- ■フリースペースで花見へ イラスト:桜の花びら  2008年4月12日(土)、お天気はとてもすがすがしく、晴れ。お昼間は暑いぐらいのポカポカ陽気で、絶好のお花見日和でした! 長居植物園内の桜はだいぶ葉桜になっていましたが、ひらひらと舞い散る花びらが、とてもきれいで幻想的だったのを覚えています。  当日は11人(うちピア大阪事務局スタッフ2人)が参加し、大阪市立長居植物園で11時頃からお花見をスタート! それぞれにお弁当を持参し、15時まで思い思いに過ごしました。一緒にお菓子を楽しんだり、寝転んでくつろぐ人もいたり、一青窈(ひととよう)さんの曲「ハナミズキ」を手話付きで歌ったりと、のどかな時間を過ごしました。  フリースペースに初めて参加し、皆さんと穏やかで楽しい時間を過ごしました。春を満喫しながら日頃の生活情報を交換し、ワイワイとした雰囲気が居心地良く感じました。また皆さんと一緒に、季節を味わいたいと思います。これからもよろしくお願いします! (内田(うちだ))  ピア大阪ではいろんな障害がある人が自由に過ごし仲間づくりができる、自由に集える場《フリースペース》が第2土曜日(13時〜16時半)にあります。場所は大阪市立早川福祉会館内(おおさかはやかわふくしかいかんない)2階第1会議室です。時間内は好きな時間に来て好きな時間に帰ることができ気軽に参加してもらえます。  4月はフリースペースの仲間が、いつもと違って長居植物園にて花見を楽しみました♪ --------------------------------------------------------------------------------------------------- ■大変!! 障害者用の駐車スペース  現在、高速道路のパーキングエリアや大型の駐車場などに設けてある障害者用駐車スペースは、広いスペースを必要とする車いすを利用する障害者や、一方で、広さは必要ないけれど長い距離を歩くのがしんどい心臓病などの内部障害者や歩行困難者など入り口に近い駐車スペースを必要とする人のための駐車スペースです。最近、新しく建った大型ショッピングセンターなどでは障害者用駐車スペースの中に妊婦さんのためのマークもあり妊婦さんが利用できるところもあります。 写真:障害者マーク・妊婦マーク・けがなどによる歩行困難者  車いすを利用されている人などにとって、公共交通機関がバリアフリーになっていないがために使いにくいなか、車は大切な移動手段の一つです。しかし、いざ障害者用駐車スペースに車を止めようとしたときすでに埋まってしまっていることがあります。原因は駐車スペースの数の少なさだけではなく、「出入口から近いから」「便利だから」「短時間だから」といった理由から本当に必要とするのではない方が安易に障害者用駐車スペースを利用することが最近増えていることにあるようです。以前からこの駐車マナーに関するトラブルが相次ぎ、障害者用駐車スペースを本当に必要とする人たちにとって深刻な問題となってきています。  この問題についてピア大阪の事務局長である西留(にしとめ)も先日取材を受け、毎日放送VOICE(ボイス)の「憤懣本舗(ふんまんほんぽ)」のコーナーで放映(4/7)されました。普段、西留(にしとめ)も車移動して、駐車マナーの違反の多さを目の当たりにしている一人です。なぜ、障害者用駐車スペースが必要なのか、みなさんも一度考えてもらえればうれしいです。(杉井) ◎車いすを利用されている人は、車のドアを全開にしないと乗り降りができないために、一般の駐車場ですぐ隣に駐車されると、ドアをめいっぱい開くことができないため運転席への乗り降りができません。そのため、障害者用駐車スペースは幅が広いのです。 イラスト:自動車から車椅子に乗り換えする男性。 ◎スーパーなどで障害者用駐車スペースに「健常者が止めないように」という理由でポールが置かれているところがあります。近くに係員がいれば良いのですが実際はいないところが多く、車いす利用者が単身ドライバーの場合、いったん通路に車を止めて車いすを出し、乗り移って自分でポールを動かし、また車に乗るといった大変な労力と時間がかかります。そのため、せっかくの駐車スペースがあっても大変だからと使うことをあきらめてしまう人も多いのです。何のためのスペースなのか考えさせられます。 ■駐車スペースを考える〜西留一浩(にしとめ・かずひろ)の場合 写真1:西留(にしとめ)が車の扉を開けている様子 写真2:西留(にしとめ)が車いすから車の座席に移動した様子 写真3:西留(にしとめ)の車の座席から車いすのクッションを助手席に置こうとしている様子  彼の場合は、まず、車いすから座席に移動するにあたって、ドアを全開にしなければならず、広いスペースが必要になります。  いったん、座席に座ってからクッションを取り、助手席に置きます。それから車いすの座面を引き上げ、たたんだ状態にします。 写真4:西留(にしとめ)が車いすをたたもうとする様子 写真5:西留(にしとめ)が車いすをたたみ片手で車いすを持っている様子 写真6:西留(にしとめ)が車いすを持ち上げトランクに乗せている様子  そこから車いすを押しながら歩いて車の後部まで移動し、トランクを開け、車いすを持ち上げ、トランクに収納します。 写真7:西留(にしとめ)がトランクを閉めている様子 写真8:西留(にしとめ)がトランクから運転席まで車をつたっている様子 写真9:西留(にしとめ)が運転席に座ろうとする様子  トランクを閉め、運転席まで車をつたって歩き、助手席からクッションを運転席に移し、運転席にやっと落ち着いて座ることができます。  慣れもあるので、一連の動作はすばやいですが、例えば、隣の車との間隔が狭かったりしたら、決してスムーズにはいきません。  駐車スペースのマナーの問題は、車を利用する全ての人の問題です。(取材:野谷(のたに)) --------------------------------------------------------------------------------------------------- ■情報資料室コーナー 新刊情報 ◎『発達障害の子どもたち』著者:杉山登志郎(すぎやま・としろう)   講談社現代新書(こんだんしゃげんだいしんしょ) 1922 238ページ 発行年月日:2007年12月20日 定価(税込):756円  著者は、発達障害の外来の臨床で、障害児をもつ両親と話をしているとき、本当に必要なことがきちんと伝わっていないのではないかと、いらだちを覚える場面が数多くあったといいます。 著者が家族や支援者、学校関係者に伝えたいことは、例えば次のようなものです。  *治療的教育によって発達障害を治すことができる。 *医療機関での診断がなされなくとも、「よい生活」を送ることこそ、発達障害を抱える子どもにとっても必要なことであり、すぐにとりかかることができる。 *最悪の対応は「放置」である。しばしば自主性の名の下に発達の凹凸(おうとつ)を強烈にもつ子どもが放置されている。 *発達障害児が不登校になったときは、一般の不登校とはちがって、早期の対応が必要である。  11人の子どもの「そだち」の事例を通して、具体的に語られているのですが、自閉症、アスペルガー症候群、ADHD(エーディーエッチディー)と学習障害、など障害の種別ごとに詳しく執筆された章は、最新の研究にもとづいています。注意深く読んでいけば、きっと、子どものハンディキャップを認知して、よりよいサポートを模索していく勇気を与えられるでしょう。 杉山登志郎(すぎやま・としろう)氏は、あいち小児保健医療総合センター保健センター長で、専門は児童青年期精神医学。著書に『発達障害の豊かな世界』(日本評論社)などがあります。 --------------------------------------------------------------------------------------------------- ■編集後記   付録のチラシにもあるように、今年度も第14期となるピアスクールを開催します。ピアスクールはピア大阪の中心的な事業のひとつで、13期生までで、既に208名の修了生を生み出し、各方面で活躍されています。ぜひピアスクールで一緒に学んでみませんか?  第2回障害をもつ子の親のピアカウンセリング講座の感想文を掲載しました。今後「親のサロン」で関係を深めていき、秋頃には第3回の講座を実施する予定です。より多くの親の方にこの取り組みを知っていただきたいと思います。  『ピア大阪ニュースドリーム』の入手を希望される方は、お気軽にピア大阪までご連絡ください。 また、点字版・テープ版・デイジー版も作成しています。ピア大阪のホームページでもご覧になれます。(Y・N)                             2008年 5月30日 --------------------------------------------------------------------------------------------------- 編集人 社会福祉法人 大阪市障害者福祉・スポーツ協会 自立生活支援センター ・ ピア大阪 〒546−0033 大阪市東住吉区南田辺1−9−28 大阪市立早川福祉会館内  電話 06−6622−1180 Fax06−6622−0423 ホームページhttp://www5.Ocn.ne.jp/~peerosk/ 頒価200円 ---------------------------------------------------------------------------------------------------   ---------------------------------------------------------------------------------------------------