| 連載企画!! 「私にとっての障害受容」〜パート10〜 |
| 当事者なら障害があることで一度は悩みしんどい思いを抱えたことがある人は多いと思います。障害受容ができにくい理由は人それぞれですが、何かをきっかけにもっともっと自分を好きになって楽しい人生を送ってもらいたいという願いを込めて『ニュースドリーム』では当事者の方々の障害受容をめぐっての連載をしています。第10回目の今回は自立生活夢宙(じりつせいかつむちゅう)センターで活動されている内村恵美(うちむら・えみ)さんです。 |
| プロフィール |
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内村 恵美 (うちむら・えみ) 障害 シャルコマリートゥース氏病 性格 マイペース 好きな食べ物 ミルクティー 嫌いな食べ物 苦い野菜 好きな言葉 TAO(タオ)中国の思想家の言葉で自然体という意味。 |
| 「TAO(タオ):自然体」 |
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ピア大阪から 「障害受容について書いて〜」と連絡をもらい、私の障害受容・・・今、どれほど受容できているのかわからないけど、28年間の人生を振り返ってみた。 あっ! 年齢がばれた。 私の障害は「シャルコマリートゥース氏病」(以下、シャルコマリー)といい、四肢の筋力が低下していく進行性の病気で小学1年の時に足の痛みや変形、症状が出てきてシャルコマリーとわかった。 シャルコマリーとわかっても生活に困ることがなく、自分では「なんか病気になったんやぁ〜」と思うぐらいでいた。 小学4年の時、 手術のため障害児施設に入り、障害をもつ人と出会い、手術をして一時的に歩けなくなったことで、初めて障害というものが自分の中に入ってきた。 歩けない、自分で出来ないということが嫌でショックで受け止めれず、手術後、母親に「殺してほしい」と泣き叫んだのを覚えている。 約1年間、いろんな障害児と一緒に生活する中で、その時自分で出来ないことは受け入れることができ、出来ることを精一杯維持しようという思いと、筋力低下と共に出来ないことが増えてくる不安はあったけど、これが私の病気なんやぁ〜と思うようになった。 まず、障害第一受容??? 小中高と23歳まで 地域の学校・一般企業と手術・リハビリのため障害児施設を何度も出入りを繰り返した。 地域の生活では、学校・会社のペースについていけない自分がありありと見えて、頑張っているのについていけない、頑張っても頑張ってもみんなと同じようには出来ず、みんなと出来ないことは一人だけ別行動にさせられたり、無理をしすぎて体調を崩してしまったりで・・・友達は個々には理解はしてくれるけど、集団行動になると学校・会社は私のペースを理解はしてくれなかった。 しんどいと言うと心配をかけるから言えない、出来ないことを言うと誰かがやってくれるから気を使って言えない、頑張っているのに出来ない悔しさ、みんなと別行動の寂しさ、いろんな思いがゴチャゴチャして、家に帰ってから一人でよく泣いていた。 でも、通学・通勤帰りや休憩時間、休日など友達といてる時は本当に楽しかったから、なんとかやってこれたんやと思う。 施設での生活は、設備は整っているし、出来ないことは出来ないと言えるし、私ペースで過ごせるので、地域生活のようなしんどさや悔しさ、不安はなかったけど、親や友達と会えない遊べない寂しさ、好きなテレビが観れない。お年頃なのにお風呂が週に2回しか入れないなど、家にいたら普通に過ごしていることが施設では出来ない。 普通のことを我慢しないといけなくて、施設でも一人でおれる場所を見つけて、我慢の限界がきたら一人でよく泣いていた。 地域でも施設でも、常に何かに無理をして頑張っていたり、我慢していたりで、心身が休まることはなかったから、せめて自分だけは自分の本心を押し潰さず、正直にいたいと思ってTAO(タオ):自然体という言葉が好きになり、よく泣くようになった 22歳の時、 風邪で全身の筋力が低下し、自分自身では何も出来なくなった。何も出来ないことが嫌でショックで死にたいと思った。 でも、リハビリのため障害児施設に入り、子どもたちと過ごす中で、子どもたちは私に何かしてくれる訳ではないけど、笑わせてくれて癒してくれて元気にさせてくれて・・・出来る出来ないじゃなく、いてるだけでいい、人ひとり生きてる存在の大きさ・意味を改めて感じた。 リハビリでなんとか自分で日常生活が送れるぐらいには戻ったが社会復帰はしんどく、会社を辞めて自立生活夢宙(じりつせいかつむちゅう)センターと出会った。 夢宙(むちゅう)は「障害の部分で無理をして頑張らなくていい、出来ないことは頼んだらいい」と言ってくれて、周りから初めて「頑張らなくていい」と言われたから、気持ちがなんかスーッと楽になった。 私のペースを理解してくれる環境、介助者を入れるようになり、車椅子に乗るようになり、今までの自分が出来る出来ないにこだわっていたことがよく見え、長年の環境が無理して頑張ること我慢することが当たり前になっていて麻痺してたのがわかった。 夢宙(むちゅう)からいろいろ伝えてもらい、仲間と過ごす中で、自分は何をしたいのか? どうしたいのか? と、自分で出来る出来ないじゃなく、やりたいことを考えるようになった。 はじめは介助を入れるのに戸惑いや苦戦があったり、車椅子に乗るのに抵抗があったけど、過ごしていくうちに無理して頑張らず、我慢せず、自分のやりたいことが出来ていってるのが見えてきた。 諦めていたことを叶えていくようになった。 一般企業時代は 会社に行くので精一杯で一人暮らしは断念していたけど、今は一人暮らしをして3年目。 装具を履いて歩いていたから好きな靴がはけなかったけど、車椅子に乗るようになって好きな靴を履くようになった。 介助者がいてるから好きな服を着たり、ヘアスタイルもその日その日好きなスタイルに変えれて、おしゃれも出来て・・・。 まだまだやりたいことはたくさんあるから私ペースでこれからもやっていく!! 諦めていたことを工夫や介助を入れて叶えていってるうちに生活のイメージがつくようになり、いつの間にか筋力低下の進行に対しての不安や怖さがなくなっていた。 障害第二受容??? 障害の部分で、やっと心身落ち着いて楽しみながら生活を送れているような気がする。 今は大丈夫と思えているけど、進行具合や何かあったときにその時、その状況を受け入れられる自分であるかはわからない。わからないけど、以前のようにせめて自分だけは・・・隠したTAO(タオ):自然体ではなく、どんな状況でも隠さずTAO(タオ):自然体でいられる生活を送っていきたいと思う。
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