西村幸一の「巨木を追う」― 第10弾
1+1=2だろうか?
倉垣天満宮の夫婦銀杏
西村幸一
…1999年の「巨木探偵社」誕生以来、巨木を求めて早や5年。
多くのファンを持つ「巨木を追う」も、今回で10回目となりました。
「巨木探偵社」ファンの皆様、こんにちは。
さて、記念すべき第10回目にご紹介致します巨木は、大阪府豊能郡能勢町倉垣、倉垣天満宮の銀杏の木であります。アクセスですが、今回は鉄道ではなくクルマを利用しました。阪神高速池田線木部インターチェンジを降り、国道173号線を経由して、国道477号線に入り、北上。477号線沿いにある小学校の手前から、ゆるやかな参道をのぼると倉垣天満宮の社殿に行き当たります。木部インターからの所要時間は20分程度でしょうか。運転手は元ピア大阪職員の東谷太さん。僕と濱村さんを含めた3人で、ドライブ気分での取材となりました。
銀杏の原産地は中国。日本への渡来は、鎌倉、室町時代あたりであるとされています。ということは、日本においてはどんなにすごい大銀杏であっても、樹齢1000年を超えるものは在り得ないことになります。倉垣天満宮の銀杏は、幹周り8.3m、樹齢400年。銀杏は生育が早い樹木でもあるのですが、その堂々たる幹周りと、意外ともいえる樹齢の若さ(とはいえ400歳)には若干の違和感を覚えます。しかし、よく観察してみると合点がいくのであります。東京都庁庁舎のような印象的な樹形、おそらくは2株の銀杏が融合してしまったがゆえに形作られたフォルムであるのでしょう。
ところで銀杏には男女の区別があります。ご存知のように、煎って割ってたべるギンナンの実は、雄株と雌株の語らいののち、雌株において結実されます。和歌山県那賀郡にある「中島の大銀杏」(雌株)は、数キロメートル東に離れた場所に立つひとまわり小さい銀杏(雄株)の側に傾いていると言います。断然日あたりのいい西側ではなく。なんともロマンチックな現象ですよね。未確認ですが、倉垣天満宮の銀杏は、雄株と雌株の融合木であるのかも知れないのです(もちろん、雄株と雄株、雌株と雌株の融合木であっても、本質的には同等の感動があるのですが)。
強引に煎じ詰めれば、言語を含め、この世の文化のありとあらゆるものとは「どこまでいっても独り」という不条理をなんとか克服したいがために、古今東西の人々がもがき続けてきた数多の軌跡であります。この際言い切っちゃいます。そして時にその不条理、すなわち孤独は、そっと克服されているのかもしれません(と言うよりはごまかされている、あるいはそれが意識されなくなっている)。ぼくらはその状態に向かって、日々求め、求められ、傷つけ、傷つけられる。その状態そのもの、その状態に向かう力、その状態を保つ力とは、かのジョン・レノンが亡くなってしまって以降、ファンタジックな語彙としてはあまり交わされなくなった言葉、ズバリ「愛」なのでしょう。
草葉の露と露が重なったとき、僕らはそこにより大きな1粒の水玉をみます。そのときは決して2ではなく、1+1=1だと感じている。同じ風を受け、同じ方角に揺れる倉垣天満宮の夫婦銀杏。のぼせ上がった今回は詩で締めさせて頂きましょう。
「ひと株ひと株 大きな一本 天満宮の大樹から 永久にながれる愛のうた」
お粗末様でしたー。